イタリア人のおばあちゃんが美しい理由

先日東京のファミリーと、共通の友人(イタリアンダニッシュの旦那さんと、スエーデン人の奥さん)宅へお邪魔して、ランチタイムのお食事会へ。

 

旦那さんのお母様はイタリア人で、その日はたまたまミラノから遊びに来ていた。
お母様も人に会うのが大好きということで、みんなで一緒にイタリア料理とワインを囲んだ。

 

彼らが住むアパートの一角は2階建てになっていて、一階部分は全て子供たちのスペース。
子供たち一人一人に寝室と、共有の遊び場、専用のバスルームまで!ワンちゃんの部屋とお庭もあって。
この家に生まれたかった!と思うような、まさに絵に描いたような理想の家庭。

 

この日は母の日だったので、一緒に行った友人がイタリア人のお母様に花束をプレゼント。

花束に負けないほどの華やかな笑顔に魅了された。そしてなんとこのお母様、85歳!
元気だし、よく食べるし、よく喋るし、85歳ってなんだっけ?って思わされるような。

 

ミラノに住んでいた時、素敵なイタリア人のおばあちゃんを見かけることがしばしばあった。

オシャレ度やセンスが歳を重ねるごとに上がって行き、歳を重ねてからもお金と時間に余裕があり、
より一層人生を、女性であることを、”楽しもう” という姿勢で生きている。

イタリアでは男性は常に、女性を女性として扱い、まるで花に水をあげるように、美しいものを見たら美しいと褒める。そこに年齢という壁はなくて。

 

 

最近くだらないと思いつつも、周りにいる外国人の友達で、面白いと言っている人がたくさんいるので、
恋愛ドキュメンタリー番組 ”テラスハウス” を見てみたら、確かに面白くて笑  面白さがわかってきてすっかりハマっている。
日本人や日本の文化
 をわかりやく表している番組だなぁって。

外国人の友人の間では、日本人のコミュニケーションの仕方が “awkward” で可愛らしいってことで話題になっている。

 

他にも、初めまして!の次に、歳いくつ? と来るのも日本の特徴だと。

デンマークでは、初めまして!の次に、仕事何してるの?

どういうマインドセットで仕事と生活を送っているか?という質問が来る。

NYでは、初めまして!の次に、NYにいる目的や、相手が今どの段階にいるか、 自分に利益があるかどうかを探り合う。

 

その国々の背景や特徴があるのは面白い。

 

日本はなぜそんなに年齢を気にするのだろう?

 

何歳だから結婚していなければいけない、何歳だから落ち着いていなければいけないなど、年齢に対する固定観念もたくさんある。
とにかくそれらは本当にどうでもいいことで、もっと最悪なのは、歳を重ねるということにネガティブな意識があること。

 

さらには日本の不倫や風俗などのブラックな文化の一つに、ロリコン文化がある。

ロリコン文化がどれだけ広く行き渡っているか?想像できないけど、かつてのTVなどのメディアに関わっている人達にそういう人が多くいたとしたら、
そういう人達が”ある価値観”を作りあげ、その考え方がなんとなく男女ともに浸透して、
30過ぎたらババァ、40過ぎたらおっさん、と言った具合に、年齢とネガティブな要素を重ね合わせてきたかもしれない。

それってすごくつまらない発想だなって。なんの夢もないし、器や思考の小ささを感じる。

人の魅力を判断する時に、数字が邪魔するなんて、どうでもいいことで。

樹齢何百年、何千年もの木のように、年輪は美しいもの。
経年のワインのように、熟成されて味が変わったり、美味しくなっていくものもある。

長く愛され続けるヴィンテージのモノのように、ちゃんと手入れをし、価値を持たせれば、年月が経ってますます素敵になっていくものもある。

それらと同じように、人も生き方次第で、いかようにも変化し続けるポテンシャルを持っている。

そんな繊細で愛おしい生き物に対して、ネガティブな発言を浴びせると、発した瞬間からそれが現実になってしまう恐れがある。
皆さまそんなネガティブな発言や発想は、放射能か何かだと思って、受け取らないようにしてください笑

 

また日本の年齢にこだわる文化の一つに、”敬語”や”上下関係”というものが、純粋な友達関係を除いてはつきまとう。

その”敬語”と”上下関係”にもいろんな種類があって、心からの”敬語”と”上下関係”と、そうでないソレがある。
特に後者の壁は、本当にどうでもいい壁で、心からのコミュニケーションを遠ざける。
心からのコミュニケーションを避けたい相手には、盾となるが。

 

たまに日本に帰ってきたときや、日本の人と仕事をするときに、心のこもらない他人行儀なコミュニケーションをされると、
すごい寂しい気持ちになるし、どう対応していいかわからなくて、なかなか慣れない。
こちらだけ心からのコミュニケーションをすると、かえってうざがられる可能性もあるので、
そうはならないように配慮しながら、それでも心からのコミュニケーションで対応するように、コツコツと対応して行かなきゃいけない。
もうそれ自体が全体的に“awkward”なコミュニケーションなんだけど。

 

そう考えたら自分は今の今まで、なんだかんだ人間味のある世界で生きて来れてるなぁと思うと、すごくありがたくて。
もちろんモデル業は、世知辛いしもはや人間として扱われないようなこともたくさんあるけど、
それでもなんていうんだろう?自分自信は感情的を持った人間でいていいというか。

本当に心から尊敬できる人たちに囲まれて、いつも刺激されて、奮い立たされて。
そういう人達と、心からのコミュニケーションをしつづけたい。そこにはやはり年齢は関係ない。

むしろ年齢と共に、もっと人の気持ちがわかるようになったり、知的になったり、肩の力を抜いて生きれたりと、ポジティブな要素がたくさんある。

 

自分もこのイタリア人のお母様のように、85歳になってもより一層人生を楽しんでいられるようでいたい。

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